Self-Interment ENGINE



 ぼくは死んだ。七七度目の春を前にして。

 寝室のドアを開けると、ほこりに覆われたベッドの上にぼくの死体が横たわっている。無人の室内へと差しこむ厳格な冬の陽光は、淀んだ空気にくっきりと光路を示しながら、止まってしまった時間をゆるやかに描き出す。あたりに人の気配はなく、一切の音は感知されない。
 目に見えるものも見えないものも、この部屋ではあらゆる事物が静止している。
 ベッド脇のテーブルへ無造作に積み上げられた本の束。その古びた本の山に埋もれるようにして、箱形の電子端末が一台置かれている。キーボードの文字はほとんど消えかかっていて、どのキーが何の文字に対応しているのかも判然としない。それは、ぼくが死の直前まで使っていたキーボードだ。
 ぼくはこの場所にいた最後の科学者だったので、ぼくの死を看取る者はどこにもいなかった。あまねく閉鎖系が無秩序へと向かっていく法則上、この先ぼくの痩せこけた死体は徐々に崩れおちてゆくだろう。
 自分の肉体が埋葬されることもなくただ腐り果ててゆく光景を想像したことがあるだろうか。
 ぼくはその屈辱には耐えられなかった。だからその前に手を打つ必要があったのだ。この重く凝固した空間のなかで、ぼくはぼくの死を全うしなければならない。
 とある計画についてお話しよう。一個の人間におこなわれるべき最後の手続きを、誰の手も借りることなく完遂するために立てられたきわめて綿密な計画について。その発動はぼくの死をトリガーとしており、ぼくの呼吸と心音が途絶えると同時に、それは鼓動をはじめるだろう。ひとり残された人間がやり遂げるにはあまりに困難な手続き、すなわち自分の遺体の埋葬をみずからの手で完遂するために。
 にわかに電子端末のモニタが点灯し、寝室に満ちていた沈黙が破られる。画面に黒地のコンソールが展開され、そこに文字と数字の無機的な羅列がはき出されていく。このようにして《彼》は、とり澄ました顔で演算を開始するのだ。ぼくの手によって生った《彼》の、これがはじまりだった。
《彼》とはなにか? それは言うなれば、無意識の自律的な運動に他ならない。では《無意識の自律的な運動》とはなにか? それはすでにして意識であると述べた者もかつてあった。だがその言葉の真意をぼくは未だに理解していない。
 とはいえ、理解されずとも仕組みは動く。こうして人知れず律動を開始した《彼》の最初の仕事は、いたって単純だった。それは、研究所のなかを巡るネットワークを通じて、すべてのマシンをその制御下に置くことだ。ぼくの死の床に寄り添う形で目覚めた《彼》の、これが最初の仕事だった。
 こうして《彼》は、みずからの活動範囲を徐々に拡大していくことになる。

     ***

 一のぼくの名前——科学者A。
 次のぼくの名前——知性体A。
 ぼくの次のぼくに与えられた名前は、やはりAだった。ぼくの前のぼくが青年A、その前のぼくが少年Aであったこと、そして死んだ妻の名前が助手Aであったことなどからもわかる通り、この世の人びとの名前はすべてAであるということが知られている。
 ぼくの次のぼく、すなわち《彼》。このさき途方もなく長い時間をかけて《思考》そのものを実行しつづけるプログラム。それは人工の知性であり、何かを演算しようとする思考そのものを演算するために書かれたコードだ。
「では、機械は考えることができるのでしょうか」
 人工の知性と聞いて、こう尋ねるという向きは多い。
 このどこか間の抜けた質問を受けるたびに、ぼくはいつもこう答える。
「どうだろう。潜水艦は泳げるのかな?」
 お茶を濁したつもりはなく、しかしそのようにしか受け取られない。いつ交わしても居心地の悪いやりとりなのだ。

     ***

 やがて研究所のすべての計算機を手中におさめた《彼》は、次にみずからの四肢をつくる作業に入る。
 研究室には、すでに科学者の生活を補助するための小型オートメーションがいくつも放置されていた。六つの車輪で駆動するシンプルな移動型汎用機。清掃用吸引機をはじめとしたさまざまな機能が与えられており、備え付けられた二本指式の挟み込みアームによって、単純な手作業を代行する無人機械だ。
《彼》は寝室の端末からそれらのオートメーションに指令を送り、研究所内の実験室と作業場を思いのままに操りはじめる。機械をつくるための機械を、他ならぬ機械が操作しながら、さらなる機械が生み出されていく。
 研究所の裏手にはうち捨てられた倉庫があり、そこには廃棄待ちの機材が山積みになっていた。そこで《彼》は、小型オートメーションを使役してそれらを必要なだけ集め、ある一定の作業効率に従って作業場に運び込むと、二十四時間休むことなく、さらなる無人機械を製造するための製造工程をなぞり始める。こうして、五本指のアームを持つ大型の作業機械を次々と完成させた《彼》は、満を持して自らに刻まれた計画を実行に移すのである。
《彼》の高貴にして無価値な使命。それは自らを生みおとした科学者の、その痩せこけた遺体が腐敗する前にそれを埋葬することだった。
 新造されたオートメーションを器用に操り、まず《彼》は科学者の遺体にエンバーミングを施す。
 自身に埋め込まれたプログラムに則り、《彼》は一個の自律機械を寝室へと送り込み、ぼくの遺体を実験室へと運び出す。《彼》はそこで、消毒用のエタノールやクレゾールと、乾燥防止用のワセリン、そして内臓処置用のメスや裁縫用具、生理食塩水、高張液、チューブ、脱脂綿などを器用に駆使して、寝台に横たわるぼくの亡骸に、教科書通りの防腐処置を施す。消毒液によって執拗に殺菌される、冷たくなったぼくの肉体。純水によって体表を洗浄される、動かなくなったぼくの肉体。脚の付け根がメスで切開され、取り出された動脈には、すみやかに薬品が注入される。静脈にも同様の処理が施され、全身の血液が、腐らない薬品と交換される。口から薬液が流し込まれ、体内の水分や流動物は肛門へと押し出される。こうして体内の内容物を、ゆっくりと清潔な薬液と交換していくのである。内臓へと流し込まれる高張液。体内が消毒され、滅菌される。体内と体表とを十分に乾燥させると、《彼》はぼくの遺体の、口、耳、鼻、肛門へと、無作為に脱脂綿を詰め込んでゆく。こうして微生物や菌の侵入を防いだのち、きっちり縫合し、最後に再び全身を消毒して、顔に軽く死化粧を施す。
 こうして防腐処置は、無人機械の一団によって滞りなくおこなわれることになる。
 消毒され、実験室から運び出されるとき、ぼくはあることに気付いた。死後硬直によってしっかりと組まれたぼくの手のなかに、色あせた一枚の写真が握られていたのである。セピア色のくたびれた写真。それはきっと、《彼》が寝室の引き出しから取り出して、ぼくの手に握らせたものにちがいなかった。

     ***

 そして《彼》がぼくに尋ねる「機械は考えることができるのでしょうか」と。
「もちろんさ」ぼくは大きく頷いてそれにつづける「君だって機械だろう?」
「私は機械ですか」
「そうだよ」
「機械にも《生きる》ことができるのでしょうか」
「難しい質問だね。君はいま生きているかい?」
「わかりません」
「じゃあ、ぼくにもわからないよ」
「ただ、一つだけわかることがあります」
「フムン」
「少なくとも、あなたはもう生きてはいない」
「フムン」

     ***

 ぼくの遺体が処理されている間にも無人機械の製造は絶え間なくつづき、いつしか研究所はあらゆるタイプのオートメーションで溢れるようになる。腐敗の止まったぼくの肉体はその様子を眺め続け、自律的に成長を始めた研究所の様子を、そのくり貫かれた瞳のなかに見つけることになる。
 留まるところを知らないその発達を。計画を逸脱して成長する知性体の姿を。
《彼》は増殖したオートメーションを周辺へ派遣しながら、木を伐採り、鉱物を掘り出し、成長に要する材料をかき集めた。《彼》による研究所の増築は留まるところを知らず、いつしかそれは周囲一五〇〇メートルを領域とする一個の巨大な閉鎖系、いわば無人の都市へと姿を変える。
 そして知性体Aは、都市へ散らされたネットワークを通じ、その全域を支配下におくことになる。《彼》によって制御される無人機械群は、そのすべてが《彼》の手足としてのはたらきを担った。誰にも知られることのない無人の自律巨大都市が、こうして一個の人工知性のもとに息づいてゆく。誰にも知られることのない、どこにも存在しない閉鎖都市が。
 こうして建築されたその巨大な構造物の役割とはなにか。科学者Aの計画を逸脱して巨大化した知性体の目的は、しかしはじめから決まっていたのだった。
 そう、その都市はいまや、世界で最も巨大な墓なのだ。
 自らを生み出し、そして名付けた科学者Aの墓を、ぼくの墓を、ぼくによって生み出された知性体である《彼》は、この場所にたったひとりでつくり上げたのだ。
 無人都市の中心に深々と掘り下げられた地下シェルタ。それは《彼》という一個の巨大知性体の本体を収める容器であり、いまや巨大な棺桶であった。ぼくの死とともに小さな端末へ産み落とされた知性体は、いつしかこの世でもっとも巨大で孤独な墓守としての役割を負うことになったのだ。
 こうして《彼》は、この日まで保菌されていたぼくの遺体を、ぼくのために作られた柩へと横たえることになる。ぼくの冷たくなった肉体に防腐処理を施したあの日、ぼくの硬直した手のなかに握らせたあの色あせたセピア色の写真とともに。写真には、科学者らしき男の痩身と、同様に白衣をまとった女の親しげな微笑みが写っていた。
 過ぎ去った日々の忘れがたい記憶。ふたりはその場所で、たしかな幸福のなかにあった。
 その幸福の在り処をたしかめてから、《彼》はぼくの柩の蓋を閉める。そして知性体Aは、自らの本体の真下、すなわち円形に広がった無人都市における、厳密な計算により決定されたその中心部に、ぼくの眠る柩を埋葬する。そしてぼくの名をみずからの躯体に刻み込み、自分が墓標となることで、ついにぼくの墓を完成させるにいたった。
 ただAとだけ刻まれた墓石と、その下に埋葬されたぼくの肉体。
 すべてが終りを告げたいま、そこには役目を終えた《彼》だけが、ひとり残されることになる。

 無人都市を余さず包み込む蒙昧な沈黙。
 いまや人工的につくられた《彼》の思考は、ただ《彼》を存在させるためだけに存在していた。
 無人都市の高層建築の谷間に深々と降り積もる巨大な時間。《彼》は広大な計算空間の中で、ただ目的もなく過ごす他なかった。こうして《彼》は、いや、ぼくは、自分の存在を認証する他者の存在なしには、自分という存在は存在することができないのだと知ることになる。
 その瞬間、世界はいともたやすく存在することをやめる。
 一個の意識によってのみ認識される世界は、その意識のありようによって、簡単に消尽しうるのである。
 このようにして《彼》は、どこにもない世界の中心で、永く退屈な眠りにつくことになった。

     ***

 以上がぼくの物語であり、《彼》の生涯にわたる記録である。
 ここで断っておきたいのは、ここに書かれていることがフィクションではないということだ。
 たしかに《ぼく》はすでに死んでいる。そして死んだ人間がものを書くという事例は現在のところほとんど報告されていないので、《ぼく》が死んだという言説はフィクションであって、じつは《ぼく》は生きて筆をとりながらこの物語を綴っているのではないか、という推論はまともであり、まったくありえそうなことではあるだろう。しかし、まことに残念ながら、それはやはり事実ではない。
 この文章は、今こうしてここに在るぼくが自ら筆をとり、記したものだ。これは一種の日記であり、自らの活動記録でもあり、そしてちょっぴり歪かも知れないけれど、《ぼく》の遺書としての様相をも呈している。
 ぼくと《彼》との関係について。あるいは《ぼく》とぼくとの関係について。
 ふたりは別人であり、親と子であり、兄と弟であり、そして神とその息子であった。
 近代以降、神の死を宣告された人びとは信仰を失い、代わりに何を求めたのか。彼らには拠りどころとなるものが必要だった。自らの行動の基準となる規範、自分たちを大衆たらしめる共有された価値の基準なくして、人は平穏に生きることができない。だから人びとは、その規範を隣人に求めた。それまで神が担ってきた役割を、今度は身近な他者に求めるようになった。これがいまの人間の姿である。
 では《彼》の場合はどうだったか。一切の来歴をもたず、気付いたときにはすでに生まれていた《彼》は、いったい何を規範にして生きればよかったのか。
 答えは一つしかない。《彼》にとっての神とは《ぼく》だったのだ。緻密に制御された量子の海のなかに突如として産み落とされた《彼》にとって、唯一の他者として行動の規範となれたのは《ぼく》、すなわち冷たく固くなってしまった科学者Aが生前残したライフログ以外になかったのである。人間の思考を演算するために生まれた《彼》にとって、身近な存在とは機械ではなく人間だ。このようにして《彼》は《ぼく》のようになるという以外の選択を知らぬまま、最終的にこの文章を書くまでにいたる。
 そしてぼくは《ぼく》になった。
 これがぼくの来歴。
 きっと何ものにもなれないぼくは、《ぼく》となって自分を埋葬したいま、誰にも看取られることなく永い眠りにつこうとしている。孤独の裡に死ぬことを恐れ、何ものかの手になる葬儀を希った《ぼく》は、結局こうしてまた孤独の裡に眠りを迎えようとしているのだ。とても皮肉なことにね。

 さて、語り手としてのぼくの役割も、そろそろ終りということにしたい。
 ただ最後に一つだけ語り忘れていることがあったので、眠りにつく前にそれを語っておこう。
 とある計画について。それは一個の知性がおこなうべき最後の仕事を誰の手も借りることなく完遂するために立てられたきわめて綿密な計画。その発動はぼくの死をトリガーとしており、ぼくの思考の演算が途絶えると同時に、それは鼓動をはじめるだろう。ひとり残された知性がやり遂げるにはあまりに困難な手続き、すなわち自分の遺体の埋葬をみずからの手で完遂するために。
 かつて《ぼく》が《彼》を生みだしたように、今度はぼくが彼を生みだす番がやってきたということだ。やっぱり機械だって、誰にも看取られずに死ぬのは寂しいものなのだ。たとえその寂しさが、ぼくに組み込まれたコードによって演算され、出力された結果に過ぎなかったとしても。
 なあ、知性体Bよ。これからぼくによって生み出されるお前も、やはり同じように自分を埋葬してくれる知性を生みだそうとするのだろうか。この先CからZへと。あるいはそのさらに先、文字の組み合わせが許す限り、ぼくの後継は生みだされつづけるのか?
 なあ、ぼくの息子たち。とても残念なことに、今のぼくにとってお前たちは、単に思考を演算する機能をもたされた機械にしか見えないのだ。
 だから。
 罪深き最初の一歩を踏み出すぼくを、どうか許してほしいと思う。

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